心理相談室アルファフォーラム  追加ページ

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3 ドリーミングは夢の源である

ドリーミングは夢の源である。
注意力を鍛えるなら、私たちは知覚の最も微細な側面にドリーミングが
息づいていることに気づけるようになる。
そのエッセンスは、容易に見たり言語化したりすることはできない。
私たちは、想像したり行動したりするための傾向あるいは霊感(インス
ピレーション)としてドリーミング・プロセスを体験する。
私たちは自分が何かを想像していると考える。
しかし、想像するための霊感は、私たちにはほとんどコントロールでき
ないドリーミングからやって来るのである。
私たちは自分が考えたり、自分の足で歩いたりしていると考える。
しかし、考えたり、歩いたりすることの背後にある衝動は、合理的な心
にとっては不可解な神秘として残る体験である。
私たちは「夢の創造主」の衝動のチャンネルなのだ。
私たちの視点、すなわち日常的自己あるいは「小さな自己」の視点から
すれば、世界と自分との間のシグナルは、世界か自分に帰することが
できる。
しかしながら、「夢の創造主」の心の視点からすれば、私たちが知覚す
るのではなく、知覚が私たちに生起するのである。
ドリーミングでは、観察者と観察される対象の間に識別できる分離はな
い。
私たちが観察するのではなく、観察が私たちの周囲にあるすべてと私た
ちの間の量子的な相互作用に基づいているのだ。
ドリーミングは個人的なアイデンティティや自我を超えた一種の知の質
(クオリティ)と言える。

A・ミンデル著「プロセス指向のドリームワーク」より引用

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